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第二章☆ 晩年の五井先生
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ちょっと話が脱線しました。 |
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私が五井先生の本を初めて読んでから間もなくのことです。既に年は明けて1975年になっていました。 |
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さて、五井先生も翌年からはいつも通り統一会にお出ましになられるようになったのですが、その時のお姿があの行者風の長いお髭姿の五井先生でした。私の記憶では、その数ヶ月後には、確か「お孫さん(養女の昌美先生のお嬢さん)が髭を引っ張って痛くてしょうがないので……」という理由で折角のお髭を剃ってしまわれました。よく本などに載っている眉毛が伸びた五井先生のお写真は、確かこの頃のものだろうと思います。とても素敵なお姿だとは思うのですが、眉毛が伸びるのは老化現象で、やはりそれほどに五井先生のご病気が大変だったことの証左でしょう。 |
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もっとも当時の五井先生に関しては、私も実はそれほど詳しいわけではありません。 |
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古い会員さんにはよく知られていることですが、晩年の五井先生は人類の業を浄めるためのご病気で喘息症状の痰に非常に苦しまれていました。夜中はその喘息が特に大変だったそうですが、五井先生ははたの者を慮(おもんぱか)って夜は人を下がらせ、痰を吐き出す大量のちり紙を枕元に置いてお一人でお休みになっていらっしゃったそうです。1〜2時間くらいしか眠れない日々も多かったという話です。 |
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私がお山に伺うようになった頃の五井先生は、五井先生御誕生祝賀統一会(現在の御降誕感謝祭)などの大きな集まりで数分間もお話しされればよいくらいで、それも年を追う毎に難かしくなってゆかれたようです。普段の統一会では、「皆さん、お早うございます」のご挨拶と統一指導中の柏手のみ、という状態でした。講話も当然かなり早い時期から不可能になり(昭和49年5月に「人類の未来」と題して行なわれた講演が五井先生の最後の講演会でした)、五井先生のご講話は録音テープで流されていました。その講話も確か過去の録音テープによるものだったと記憶しています。 |
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当然のことでしょうが、両親は私の宗教活動に反対していましたし、また、私が高校生だったこともあって、統一会には余り頻繁にはゆかれませんでした。それでも大学生になってからは、私も3〜4ヶ月に一回くらいはお山に伺うことができるようになりました。 |
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× × ×
とにかく五井先生のお身体がどんどん悪くなっていったことを先に書きましたが、 |
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※ 上記以外にも、たとえば五井先生は近眼で眼鏡を使用されており、また特に左目の視力が悪かったようです。さらに飛蚊症の症状もあったとのことです。ただしこれらに関しては、必ずしも晩年の五井先生に直接関わる事柄ではないので、本文での特別の言及はあえて省略いたしました。 |
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昭和55年(1980年)8月17日(日曜日)、午前8時15分、 |
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× × × 直接聞いたわけではありませんが、五井先生は85歳まで生きるよと、常々おっしゃっておられたそうです。しかし、それよりも遙かに早く 五井先生は逝ってしまわれました。 |
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《自燈明・法燈明》と仏典にもあるように、今までのように肉体身の五井先生をお慕いするのではなく、五井先生が私たちに示された“法”に随うべき時がついに来たのです。そのことに変わりはありません。 |
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※1 森島先生の過去ログによると、五井先生は80歳まで生きるとおっしゃっておられたとのことですが、私の記憶では85歳でした。最近も偶々古い方からお聞ききしたところでは、五井先生の寿命は80歳とも85歳とも言われていたとのことですので、要するに両説あったのかも知れません。ちなみに、五井先生他界直後の統一会(第4章参照)のお話しの中で昌美先生が「85歳」と明言されていることですし、今回は私の記憶に従って記述いたしました。なお、ここで言う五井先生の寿命(80歳)とは、多分「定命(じょうみょう)」のことであったのだろうと私は個人的に解釈しております。 |
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※2 一般に五井先生の没年は64歳とされることが多いように思います。私も最近まで五井先生の没年を64歳と思い込んでおりましたが、これは五井先生の没年と生年を単純に引き算したことから来るミスです。上記で書いたように五井先生はお誕生日前にお亡くなりになっているので、正確には五井先生の享年は63歳(昔風に数え年で言えば65歳)ということになります。 |
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※3 中には上記のような考証を無意味なこととお感じになる方もいらっしゃるかも分かりません。確かに森島先生がいみじくもお書きになっておられるように、《五井先生が、64歳で他界しようと80歳で他界しようと、そんなことは、どうでもいいことなのです。予言をして、人の運命を当てたりすることも、どうでもいいことなのです。「世界平和の祈り」以外のことは、すべて枝葉であり、どうでもいいことであるのです》(PEACE NIFON1 No.933「五井先生の真実と嘘のお話」より)。まったくもってその通りなのですが、今回は正確な記録を心がけた関係もあり、あえて煩雑を厭わず、私の分かる限りの範囲で正確を期しましたことをここにお断わりしておきます。
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