(回答)世界平和の祈りの特徴は? (集会参加者のお答え)
- 他力の祈り
- 自我が無い
- 分かり易い言葉(現代語)
- 神のみ心そのもの
- 神のお心と一つになる
- 守護霊・守護神に祈る
- 反対が唱えられない
- 外国語に翻訳できる
- 世界じゅうの人ができる
- 世界の為に働ける
- 全ての宗教の総まとめ(の祈り)-集約
- 自分を責めない、人を責めない
- 業を光に変える(消えて行く姿)
- どこでもできる
(回答1)五井先生はどのようにして神我一体となったのか?
私が通って来た道は何かと言うと、「神さま有難うございます」だけだったのです。
何があっても「有難うございます」。何をされても「有難うございます」一点張りで通って、今日になったわけです。だからむずかしいことは何もない。(中略)
ただ「有難うございます」一点張りでこうなって、「すべて神さまから頂いたものですから、神さまにお返しします。どうぞお使い下さい」と全部投げ出した。それから今日の自分が出来ているわけです。
(テキスト54P)
(回答2)業想念を消滅させる時はどのように祈ればよいか?
悪いなあと思ったら (これは自分でいいか悪いかわかるんだから)、ああこれはみんな神さまに消して頂きましょう。自分では消せないから「神さまどうか私の悪いものは消して下さいませ。どうか悪いところがあったら消して下さい。世界人類が平和でありますように、有難うございます」というように簡単にやるのです。(中略)
神さまに全部まかせちゃったらいい。「神さま、どうかこの悪い心を消して下さい」って神さまに投げ出せばいい。そうすれば神さまのほうで消してくれるのです。(テキスト59P)
「ああこれはいけないことだな。こんなことではいけない。これは消えてゆきますように、どうか神さま一日も早くこういう悪いものを消して下さい。もう私は再びいたしませんから、どうぞお願いいたします」と言って、その想いもこめて、その想いを消えてゆく姿として、世界人類が平和でありますように、という、大光明の中に常に入れていると、もうたゆみなく入れていますと、知らない間に、自分の体が光明燦然たる肉体身になるわけです。(テキスト110P)
(回答3)永遠の生命の働きを邪魔するものは?
生命の働きを邪魔するのは何かと言うと、小さい枝葉の想い、欲望につながる想いです。いわゆるこの世の権力を得たいとか、この世の肉欲を楽しみたいとか、この世の金銭欲を楽しみたいとか、自分を偉くみせたいとかいう虚栄心――そういうものが永遠の生命の働きを邪魔する。(テキスト96P)
〔森島恒吉先生のコメント&解説〕
虚栄心は最後まで取れない。
昌美先生の教え(教義) 「人に神を見たといわれるようになりなさい」は虚栄心の欲望である。真に自分が神ならば、人に神と思わせる必要は無い。昌美先生の教えは虚栄心をくすぐる教えが多いので、多くの人は虚栄心をくすぐられて、ついていってしまう。
(回答4)学問とか計画するのは正しいことか?
「学問をしたり、あらゆる計画を立てたりすることはいい。これは永遠の生命を助けることだからいいんだ。だけど、いちいちあいつが悪い、こいつが悪い。こうしたら損だ得だ、とゴチャゴチヤ思うこと、迷うこと、想い惑ったりすること、それがいけないんだ。それは生命の働きを邪魔するから、そういう想いを空にしろ、そういう想いを捨てろ、と言うんだよ」 (テキスト97P)
(回答5)世界平和はいつくるのか?
すっかり地球がきれいになった場合には、みんながキリストになって、みんながそのまま心を照らし合わせて、会う人会う人が笑い合える。わざわざでなく自然に助け合うという形になって、地球界に神の国が出来るわけです。天の如く地にも行なわれんことを、が行なわれるのです。それはいつかわかりませんですよ。皆さんの努力によって、皆さんの信仰の深さによって、早くもなれば遅くもなる。(テキスト124P)
(回答6)業は無いと言っている代わりに、五井先生は何と説いているのか?
消えてゆく姿という言葉を使わないと、この世の中の業は少しも説明にならない。神さまが不完全なことをしたように思われてしまう。悪は無いから無いのです、では説明になっていない。わからない。やはり消えてゆく姿を使うことによって、初めて神さまは完全円満で、実は悪はないんだ、ということがわかる。
(テキスト139P)
(回答7)泣き叫んで祈っている宗教団体について、五井先生は何と説いているのか?
だからこちら側としては、人類の罪が申し訳ない申し訳ない、と言うのもいいですよ。しかしそれに把われて、いかにも自分達が世界の業を一人で背負ったような恰好をしちゃって、申し訳ない申し訳ない、と言うのは一つの騎(おご)りだと思います。背負うなんていうことは、余程の偉い人でないと出来ないのです。
泣き叫んで、人類は神さまに申し訳ない、なんて言うことはないんです。神さまから人類が生まれたんだから。もし業などが申し訳ないんだったら、神さまが一番愚劣なんだな。神の力が足りなかった、ということになるでしょ。(テキスト146P)
(回答8)最後の審判とはどんなことか?
本当に神の子人間の世界にするためには、一つの大きな障害を越えなければならない。それには、今までのやり方、思い方、いわゆる業を一掃しなければならない。その業が一掃される時が最後の審判なのです。(テキスト157P)
(五井先生の心境は?)
心豊かな者というのは、現実的にどんな貧しい生活をしていても、あるいは地位が低くても、いつも豊かな心で、神の御意みを心の中にいっぱい受けて、
すべてが有り難いなあ!
なんといういい空だろう!
なんといいこの大地だろう!
なんて美しい花だろう。風も気持ちがいい。水の流れも快し!
小鳥たちが囀っている。ああなんといいんだろうな!
というような、どんなに生活環境が貧しくても、心が大らかに、美しく、感謝に満ちていれば、心豊かな者なのです。(テキスト65P)
(祈り方の三種の分類)
(1) |
業想念消滅の祈り: |
「神様、業想念を消して下さい」
|
(2) |
全託の祈り: |
「神様、(私の運命の)すべてをお返しします」
「神様、み心のままに私の生命をお使い下さい」
「神様、(私の運命のすべてを)よろしくお願いします」
|
(3) |
感謝の祈り: |
「神様、ありがとうございます」
|
※ |
全託の祈りの発展形:
(五井先生の祈り方は、次の形式が多い) |
「神様お願いします、世界人類が平和でありますように」 |
(人間と真実の生き方)
「人間と真実の生き方」を地縛霊やご先祖様の前で唱えると、地縛霊やご先祖様が浄まる。般若心経よりも遥かによい。